価値観

12. 行動するのはメリットがあるから

私は絵を描く。描いたものを基本的に表には出さないけれど。
そのスタイルを別に貫きたい訳でも重きを置いている訳でもなく、まあ、こう、面倒なので。
とはいえそれを良いと思っている訳でもないのでそろそろ何とかしようとは思っている。

のだけど、まあそれは置いておいて。
インターネットは不思議な人で一杯だという話になるけれど、昨今(というか昔から長らく)「私が絵を描いている(同人活動等)のは趣味だ。だから完成度について他人にあれこれ(悪く)言われるのは不快だ」という意見が散見される。
SNSの普及でよく見えるようになった。
「人のモチベを下げるな」と言いたいのか「そもそも口を出すお前は何様だ」と言いたいのか分からないが、私はこれ、あまりにも身勝手且つ理不尽な言い分ではないかと思う。
まあ、わざわざ「下手糞ですね!」みたいなものを作者本人に向かってリプライする人間の神経の図太さや厚かましさはそれはそれでネジが飛んでいるとは思うけれど。

けれどインターネットというのはそういう空間で、あなたの思考では到底及びもつかないような天才的な人間もいれば、創造を遥かに下回る、筆舌に尽くしがたく言葉の限界を思い知るような馬鹿も存在している。
作品を作ってSNSに投稿するというのは、公共の場に自分の作品を展示するのと同じだ。
炎上案件がある度に「ネットは公共の場だ、その程度も分からんのか馬鹿め」と詰る人間が多くなったのは良い事だが、昨今のその「褒めろ、貶すな」は何故か作品の投稿も公共の場で行われている自覚が無いのではないかと感じさせられる。
誰でも見られるところにそれを置くというのは、「馬鹿も天才も分け隔てなくどうぞ見ていってください」ということだ。そう考えれば基本的に絵を描いて投稿することはメリットばかりなのだ。
褒めてもらえるし、RTやいいねの形で評価されている気分になれる。その上でより上質と認められれば仕事にできるかもしれない。半面、デメリットといえば下手だと反応が少ないから如実に実力を思い知らされることと馬鹿が貶してくるかもしれない程度だ。下手で反応が無いのはネットじゃなくても変わらず、ただ自覚する羽目になるだけなのだから、ネットに公開したことで裏目に出るのは馬鹿による人災程度だろう。

要するに、それだけメリットがあるから公開しているのに、馬鹿がもたらすデメリットにいちいち目くじら立てるものではない、という話。
こういうことを言うと「お前にとっては軽いことかもしれないけどそれですごく傷付くやつもいるんだ」みたいな何も分かってない新しい馬鹿が湧いてくるので先に書いておくと、「なら公開するな」で終わりなの。或いは馬鹿の少ないところでやりなさい。
だっておかしいでしょ、メリットは全部欲しい! 出来るだけ多くの人に見てもらって、出来るだけたくさん反応が欲しくて、できるだけたくさん褒められたくて、できればそういう仕事の人の目に留まって話を広げたいけど馬鹿にされるのだけは絶対嫌!!!って。
勿論、作者が「褒めて!」って言うのも「馬鹿にしないで!」っていうのも当然自由だし(言葉にしていると意外とそういう人が集まってきて結果的に褒めてもらえる環境になることも普通にあると思うし、それはそれで努力の結果だろう)、馬鹿にされて怒って晒してやろうとかやるのはそれはそれで全然別のものとしてやりたければやれば良い。

とか言うと「馬鹿にした奴に怒っても良いなら何でこんなこと書いてんの」みたいになるので(自分でもちょっと思った)言い訳をしておくと、「全部の行動は切り離して一つ一つ自己責任でやろうな」って話。
投稿すれば馬鹿に絡まれるデメリットはあるし、褒めろ貶すなと言えばそれが逆効果になるかもしれないし、馬鹿にした奴を晒したらもっと馬鹿な奴として晒されるかもしれない。
いざ馬鹿にされた時に「最悪! 悲しい! 許さない! ああもうぐちゃぐちゃだ! 筆を折る! ぎゃーぎゃー!」っていうのは自分の想像力の希薄さを晒してしまっているのだよ、と思って欲しいだけ。
投稿する、という行動には、必ずその裏にメリットがあるからだ。メリットを求めているのなら、その横に当然鎮座しているであろうデメリットから目を背けてはならない。往来であなたが自分の絵をでかでかと掲げて歩いていたら不快に思う人がいてもきっとそれを理解するのに、SNSになるとそれが理解できない人が突然増える。
あれだけ炎上した馬鹿に対して「ここは公共の場だ」と言って馬鹿にして炎に薪をくべていた中には今絵を貶すなと騒いでいるオタク達も沢山いた筈だ。
先述の通り、わざわざ本人に攻撃をする輩を肯定している訳ではない。攻撃された側の心の持ちようの話をしているだけだ。許せとも言わない。寧ろ叩き潰して良いと思っている。けれど、それで自分がただただ被害を理不尽に受けてしまった無力な被害者の様な顔をするのはいかがなものかと思う。

もし「貶されるのはとても不快だ」と公言している人がみんな「そういう馬鹿もいるの分かってるしこういうこと言っても駄目な奴は駄目なのも分かってるしそれでも少しでも減ったら良いなぁと思って言ってるだけだよ」というものだとしたら、この文章は全く見当外れの見解を元に書かれたことになる。そうだったら良いなぁと思っている。

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