価値観

11. 人は何故行動するのか

とてもシンプルな話。
人が何故行動するのかしないのか。簡単な話で、その行動によって得られる期待値がプラスなら行動するし、マイナスなら行動しない。
だから、人が行動しているときにはそれがその人の中ではプラスの意義を持っているものだということを理解していないといけない。

例えば、人物Aが、500円で漫画Bを1冊買うとき。
このとき人物Aにとって、漫画Bと500円、価値が高いのはどちらか。……といえば、勿論漫画Bになる。最低でもイコールだ。でなければその500円と漫画を交換しようとは思わない。
だが、実際にはもう少し色々と複雑な要素が含まれている。

「晴れて暑い日に、500円の漫画を買いに本屋まで出かける」というシチュエーション。
この場合、500円=500の価値がある、と定義するとこんな風になる。

失う物、マイナス
500+暑いのしんどい(200)+でかけるのめんどい(30)+歩くと疲れる(100)+往復にかかる時間(300)
=1130

VS

得るもの、プラス
漫画(600)+運動不足の解消(200)+漫画の先がとても気になっている(200)+売り切れたら悲しい(150)+ついでに済ませたい用事がある(100)
=1250

プラス要素1250とマイナス要素1130の比較は、プラスの方が大きい。よって人物Aは本を買いに出かけた、という具合。
このプラスマイナスの振り分けは、勿論人によって違う。絶対値の大きさは勿論違うし、なんならプラスマイナスも変わる。例えばほら、嫌いな奴に自ら近付いて文句言って去っていく奴いるでしょ。あれなんか私とかからすれば「時間の無駄」「意味が無い」「相手に恨まれて何されるか分からない」とマイナスの山なんだけど、やってる人からすると「ストレス発散」「サンドバッグ殴る快感」「恨み買うの気持ちいい」みたいなだったりする。

面白いもので、人によって全く無価値なものもその人には大事だったりするんだよとか、「あいつは何考えてるのか分からん」とか、そういうのは大体この思考で解決する。
小さい子供が怒られるのが分かっていてなお悪戯に及ぶのは、怒られることよりも構ってもらえることの方が大きいからだ。

ここで小話。
この(本を買いに行く例の)時、例えば、雨が降っていたとしよう。それでも出かけることを選んだら、車が水たまりの水をはねてきて服が汚れた。
この時「こんなことになるんなら行かなかったのに!」とか思うかもしれないがそれは人物Aが悪いのだ。勿論それとは別に車側の責任はある。それとは別に、だ。
考慮していたのなら結果がマイナスになったとしても「分かっていたリスクだろう」という話だし、本当に考慮していなかったのならそれは「そこまで考えが及ばなかった自分が悪い」になる。これを広げていくと、街中を歩いていたらいきなり突っ込んできたトラックに轢かれても、通り魔に刺されても、「あーあ、運が悪いなぁ」で済む。まあ勿論済むわけが無いのだけど、そういうリスクが常に傍らに存在していることを認識していることは大切なことだ。

うまく使えば人を動かすこともできる理論だし、実際そういう研究もされている。行動分析学。あ、なんかこのくだり前にも書いた気がするな。

定期的に見るようになった「起業に働き手がこない! 社員旅行増やそう!」とか「飲み会でコミュニケーション取って良い職場アピール!」とかやってるのが馬鹿にされている流れ。もしかしたら本当に何も見えてなくてそういう案を打ち出しているのかもしれない(と思うと割とぞっとする)が、それでは不足だと或いは無意味だと分かっていて尚、そうするしかできない可能性も考慮したい。こう、社員福祉と給料と休暇との法律上の扱いの差異とかね。例えば。行動が選択されている以上、それはプラスだと判断されているのだ。私達には見えていない事情があるのかもしれない。

今あるものにケチをつける、のも大事(馬鹿にする人も多いがとても大事なことだ)だけど、その裏に何があるのかを考えるところまで進めておきたい。
行動を分析するというのは、その人が何を大切にしているのかを分析するということだ。とても優しい研究だと思う。せめて、こういう考え方が広く知られて欲しいと思ってこの記事を書いた。

……人によってはこの飲み会だとかを「人によるだろ」とか「俺は飲み会が好きなんだから良いだろ」「職場での人間関係次第では飲みは楽しいものだ」とか言い出す馬鹿がいるが、あれは論外だ。何故なら、人間関係は当事者が一方的に判断するものではないし、そもそも人によるのは当たり前だからだ。
福祉というのは「誰かにとってめっちゃプラスだけど誰かにとってはマイナス」という案ではなく、「誰にとってもデカいプラスではないけど、全体的に小さくプラス」を優先しなければならない。そうでなくては福祉にならない。「良いじゃん、人によるだろ」とか言ってこれほどまでになじめない人間がいる事実が明るみに出ている所業を推奨しようとする人間というのは、自分の価値観のプラスが他人にとってのマイナスになりうる可能性を考慮できていないと言える。勘弁して欲しい。飲み会が好きならば福祉に頼らず自分で開けばよろしい。
(大体酒入れる時点で嫌な人もいるだろう。それは狭量すぎるのか。しかし誰かが酔っ払いの相手をしなければならない時点でそれは負担なのではないか。酔っぱらう方は良いかもしれないが。いや、私がそうだというだけなのだけど。)

あるいは、入社する前にしっかりと教えておくのも良いかもしれない。「うちは飲み会=プラスだからね」と。それで入って飲み会に文句を言うのは筋違いだろう。双方幸せなので最初にふるいにかけるのが良いだろう。

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