価値観

8.そんな話はしていない話

いじめによる自殺、なんてまあ嫌な話だ。
そういう話が明るみに出ると、やれ学校の校長が出てきて何か言ったり、マスコミという自分たちを特権階級なのだと勘違いしているようにしか見えない連中が被害者両親に「どのようなお気持ちですか」などと下卑た質問をぶつけたりしている光景を見る。

まあ、こういう文化は嫌いでしょうがないが、今回の話はもう少し後の話だ。そして別にいじめに限った話ではない。
この後大体何かしらの番組でちょっとした特集が組まれて、いじめが起こるメカニズムについて話されたりする。「現代の教育が」「現代日本の家庭環境の変化が」。まあどれかしら聞いたことがあるだろう。私はテレビを見る時間がどんどん減っている人間だが、まだ一年以内にこれらの単語を聞いた記憶はある。
で、大体その都度思う。

『そんな話はしていない』

と。
問題を大きく大きく捉えようとする人間は非常に多い。何だろう、俯瞰して全体を捉えることが格好良いつもりなのだろうか。生憎だが、いじめの原因を現代社会の歪みと評するのは全体を捉えているとはお世辞にも言えない。控えめに言っても馬鹿だ。

あなたが企業勤めの社会人ならこう考えてみて欲しい。「わが社の業績は悪化している。何故だろう?」
そこに企業の上司、この問題を真に考えるべき立場たる誰かがこういう訳だ。「ああ、不況の煽りを受けてるんだよ」。
これは要するに「私の手には負えない」という意味であり、もっと言うなら「解決などする気はない」という意味だ。例え本人にその気が無くとも。問題をそのように(考えたくもないが、もしも本気で)捉えているのなら、どのみち解決などできない。解決したければ政治家になって偉くなり国民の財布を潤わせる政策を打ち出すところまで行かねばならないのだから。

これはもう何に対しても同じことで、これをやる奴は何故かどんな問題に対してもそういう目を向けるように見受けられる。私が今までに観察した範囲の問題なので、偶然かもしれないが。
一見まともそうな原因(事実、原因の一部ではあるのだろう)を挙げて「だから無理」とでも言いたげな言い方(或いは無理だと言ってしまう場合もある)をする。何がしたいんだ、言い訳がしたいなら責めないから黙れとさえ思う。

いじめなら「現代社会」からまずは個別の「家庭」或いは「個人」に問題を下ろせ。その個別の問題が解決したとすればいじめは解決するかもしれない。解決したなら今度はそれをマニュアル化する。別にマニュアル対応をしろというのではなく、原因として考えられるもの、その解決手段として想定できるものをリストアップするだけでも違うではないか。
他校や他県との連携のシステムだって作れる。何のためのインターネットの時代だ。
勿論素人考えであり、これらが可能で問題無く稼働するものかは知らないが、それこそやってみてはどうだ。
選挙もそうだ。「若者が選挙に行かないのは何故だ」→「関心が無いからだ」。まるで「だからしょうがない」とでも言いたげだ。ならば「ネット選挙にしろ」といえば「システムが~」とか「セキュリティが~~」とか言い始める。今だってはがき一枚持っていくだけで本人扱いではないか。何がセキュリティだ。
そして銀行とかいう間違いが許されないとされるシステムだってもう何年も動いている。
まずは地方単位ででもやれば良い。システムに問題も見つかるだろう。そういったものを材料にして10年後20年後のシステムを作っていけば良いではないか。
とか言ってると今度は「どこから金を出すんだ」とか言い出す馬鹿が出てくる。いい加減学べ。試してみればいい、ネットで選挙できるようにするために税金使いますって。どこかしらの自治体では賛同されるだろう。そこで若者が「超楽になった~~」とか言ってればその内広まっていくものだ。「我が市では市内の選挙はウェブで出来る!」とか銘打ったらちょっとした話題にもなるだろう。

「今すぐには解決できないこと」は別に「解決できないこと」ではないし、「10年後に解決できるかもしれない事」は「今やっても無意味なこと」ではない。そもそも10年前にそれを怠ったから今の問題が残っているんじゃないのか。

問題を何か挙げたとき、原因はミクロに考えなくてはいけない。大きく捉えると個人で扱える問題ではなくなる。現代社会の問題を一学校が扱えないのと同じだ。
しかし事実として現代社会に原因があるとしても、それよりもずっと小さい規模の原因は見つかるし、それならば個人や小規模な組織にも解決の手段が選ぶことができる。何事もできると信じて動くのも馬鹿に見えるかもしれないが、解決の道筋を見出そうとしているだけ解決する気が無い奴よりもまだましだ。何故なら解決できる奴の足を引っ張らない。

何かしらの解決したい問題の原因を考えたとき、それが「どう見ても自力でどうにかなる原因ではないとき」はちょっと頭が馬鹿になっていると思った方が良い。私もよくある。一旦止めて、より小さく刻んでみていこう。それだけでいい。それが出来るだけで、少なくとも自分よりも考える能力が高い人間の邪魔をし辛くなるのだから。

感情的に文句を言いたいときもある。その時はその時だ。

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