日記

自分に自信を持つこと

「もっと自分に自信持ちな!」
というのは励まし、激励、あるいは応援。まあそのような意味を持ったものだし、世の中には本当に「自分に自信がある」人間がいる。凄いことだと思う。
私が発言するとよく「嫌味っぽい」「皮肉っぽい」みたいな言われ方をするので言っておくけれども、別にそういう意図はない。
また、「自分に自信がある」を私とは割と大きく異なる認識をしている人も多くて、なかなか話が噛み合わない話題だったりする。今回の記事は本当に、何が言いたいわけで書くものではなく私自身の思考の整理と「こういう人間もいるのだ」というだけの話だ。読まなくて全然良い。

そもそも自分に自信があるというのは、自信を持たれているのはその本人自身である。学力テスト(学校で行われる定期試験等を想像して頂ければ相違無い)への自信の持ち方が分かりやすく説明できる。

試験が終わった後、「できた?」と聞いたときに例えば「自信あるよ。9割はいったね。」と言えるのは、自分に自信があるのとは違う。それは自分が解いた問題の回答に自信があるに過ぎない。例えば『知っている内容が多かったし、類似した問題は間違えずに解けた経験がある。特に迷うということも無かったから、高得点だろう』というような思考に、自分に自信があるかないかは関係が無い。
では、自分に自信がある場合はどうなるか。それは、試験開始前に「できそう?」と聞いたときに「自信あるよ。9割は取れるだろうね。」と言えるようなものだ。勿論、これは例なので若干まだ「自分のこれまでの経験から察するにこういう系統の問題が出るだろうと考えられて、それなら間違えずに解いてきた実績があるから高得点を取れると考えられる」という思考だったりもするわけだが。
著しく範囲が広かったり、範囲不明な抜き打ちテストだったりする場合を想像してもらえれば良いのではないか。
これは、高得点予測の根拠に、「どのような問題が出るかは分からないが、自分なら大丈夫だろう。」という『自分』自身にファクタがある。自信を持っているのは自分の中にある論理ではなく(どの論理が使われるかもわからないのだから)、自分自身なのだ。

で、本題。
私の場合、この自分自身に自信を持つことは無い。昔はあったかもしれないが、いつごろからだろう。今は一切無い。「自分なら大丈夫だ」と思うことは無いし、試験前の思考は「○点は取れるだろう」ではなく「○点は取らないといけない(もしくは取れたら良いな)」である。
自分というものに著しく自信が無い。というより、持ち方が分からない。昔は持っていたであろうことを思うと出来ていたことが出来なくなったことになる。退化だ。
また、私がブログ内で「こう思う」ということを敢えて発信しているのは自信故ではないかと考えられそうなものだが、そういう訳でもない。単純に私の書いてきた内容を見て頂くと察するかもしれないが、「こうだったら普通に考えて良い(幸福の総量が増す、あるいは不幸の総量が減る)だろう」とか、もしくは「こういう考え方が増えたら私が生きやすいだろう」と思っているものを書いているだけだ。
つまり私が自信を持っているのは思考についてであり、それは考える過程で論理を経ているので、「こうであればこうなるだろう」という推測が間違えていない限り大枠では間違っていないことになる。思考や論理に自信があるだけである。

先の例のように、それらを横に置いておいても持つことのできる自信とは全く性質が違う。「自分なら」もっと言えば「自分だから」という言葉が出てくる文章になればおそらくそれが自分に自信があるという状態に近いだろう。
初めに述べたように、この自信を持つことが出来る人物は凄いと思っている。尤も、伴っていなければそれは無駄だし、寧ろ恥ずかしいと思ってほしいものではあるけれど。そして、意外と自信があるという人は多いのである。
そういう人はやはり、自分に自信を持ちうる時を知っているものだから人に対しても冒頭のように「自信持ちなよ」と言う。「自信持って良いと思うよ」とはまた別種である。だが、自信持ちな、と言われた私は大体「私は自信も持てないのか」とより凹む。どうでもいいことである。それはさて置き、そんなだから思うわけだ。「自分に自信ってどうやって持つんだよ」と。
ネガティブな人間が失敗を重ねるとこうなる。典型例かもしれないしそうじゃないかもしれない。
私の場合、大学生活で成功体験に近い経験を得たのでこれに関しても最低限の自信を持つことが可能かもしれないと期待したのだが、そういう訳にもいかなかった。10の成功が1の失敗によって崩れるのがマイナス思考のマイナスたる所以である。正直、今の自分はもうそろそろ10か月以上経つ問題を引きずっているし、未だにその件を考えない日が無い。馬鹿の考え休むに似たりという言葉を知らないのだろうか。

自分に自信は持てないし、これが私のネガティブ方面の思考パターンの根っこになっているような気がしていて厄介だなと思う訳であるが、まあ正直どうにかなる気がしていない。自分が必要だと思える時間があれば良いのかもしれないが、そうだとしたらまあ死ぬまで自信を持つことは無いだろう。難儀である。

あ、そうだ。
そろそろイラストとかを上げられそうなのでもう少しはまともなブログになる気がする。
併せて、私には合わないので作品紹介の記事とかは全部消す。
今週中にもう一回は更新する予定。

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