価値観

4. お金持ちになったらどうする?

価値観の話。
だけれど見返してみると堅苦しい話をよくしているように見えたので今回はそうでもない内容を。

殆どの人間は自分の金銭的状態に満足しているわけではない、と思っている。
世の中が私が思うよりも優しい場合はまあ、予測が外れていることになる。

けれどまあ私はそう思っているわけなので、そういう前提で話をしよう。

生活に困窮してるわけではないが、欲しいものを何でも購入することが出来るわけではない。というのがまあ妥当なところだろう。私の場合はそれである。困窮していないのは決して自分の力によるものではないところが情けない話ではあるが。

そのような状態の人間が、ある日突然金銭的に非常に裕福になったらどうするのか、というのが適当な主題である。もっとざっくりと言うならば、「お金持ちになったらどうする?」であり、その回答としては「生活が激変する」か「生活は大きくは変わらない」かのどちらかに落ち着くはずだ。
無変化、ということはないだろう。買いたいものが買えるようになるだけで変化である。

豪邸に住む、としても自分の生活が変わらないならば些事である。
住まいは変わらないとしても、衣食にに大きな変化が生まれるならばそれは激変である。

という前提ではっきり今回の私の主張を言ってしまえば、「激変するとしたら今からさっさと生活を変えてしまえ」という話。勿論限度はある。
極端だけど、例えば今、私のように絵を書いたりごろごろしたりという(堕落しきった)運動とは無縁の生活を送っている人間が、「お金があったら自宅にトレーニングジムを作って体を鍛えたい」とか抜かしているならお笑い種だろう。
この笑いはおそらく「どうせやらない」という笑いなのだが、仮に本人が本気で体を鍛えたいと思っているのなら、お金など無くても出来ることをすべきだという話である。ジムに通うなりといった方法で近しいことは可能だ。

「自分にとっての理想とは何か」
を考えるのは、自分の行動に悩んだ時に適切な解を示しやすいことに繋がる。
楽な方に流れるのは楽で非常に良いのだが、時間は有限だし「もしもお金があったら」「時間があったら」という条件付きで実行しようと思っていると大方条件が満たせずに終わる。満足度は低い人生になるだろう。
やりたいことがあるならやれば良い。ただそれだけの主張である。

というここまでの話の出処はというと、
「お金持ちになったら吉野家でセットメニューにトッピング付ける生活をするんだ」という阿呆過ぎる私の発言。
金額を気にする必要がなくなっても外食は変わらず牛丼屋とかサイゼリアとかに通うだろう。代わりに広い家に沢山の本棚を埋め尽くすように本や漫画を買い漁ることになる。買うものが増えて、そのための入れ物を大きくすることになるだろう。
変わらなさ過ぎるのに、正直現状の生活への満足度は低い。ただの不足なのか、他にすることがあるのか。前者だと思いたいものである。

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