価値観

3. 行動の責任は誰にあるの問題(組織編)

以前にこんな記事を書いた。
https://hszrmtr.wordpress.com/2016/01/08/10/

行動の責任は行動したものにある、という当たり前(だと私が思っている)の内容である。
残念ながらあまり当たり前のものではないらしく、認識の乖離を感じることが多かったから書いているのだが。
まあ、私自身も昔は人に責任をなすりつけようと奮闘したものだ。中学生くらいの頃か。
そのままの気分で大人になっている可能性を思えばまあ、そういう人物が世の中を闊歩しているのもまあ、理解は出来る。

という話は置いておいて、今回はその責任問題の組織編。
組織に所属する人間が組織の行動としてやったものは、必ずしも行動をおこなったその人物のみの責任とはいえないという旨の主張である。

じゃあ誰にあるのか、というのが初めの話になるが、それはもうその組織のトップである。
寧ろ、責任の所在がはっきりしなくなるのを防ぐためにトップを決めているのだ。
閣僚が失言をした時に総理大臣が責められるのは、「任命責任」があるからだ。つまり、総理大臣には「貴方は自分で閣僚を決める権利があるが、その代わり『その人物を閣僚にした』責任があるではないか」という話である。
政治家の秘書が汚職をすれば当然雇い主である政治家も怒られる。「お前が信頼して任せた人間だろう」ということである。
例えば食品メーカーの製品に異物が紛れ込む事件があれば、社長らが頭を下げる会見を開くのだ。

「馬鹿な社員の馬鹿な行為のせいで社長可哀想」
というのはわかるし私も思うが、社長になるというのは要するに馬鹿を抱えるリスクと隣り合わせなのだ。

先日のオリンピックのロゴや競技場の予算の問題は、如何に彼らがそういうことを認識していないかが明らかになる間抜けなイベントだった。
「予算を決めたのは○○」
「○○氏のデザインがあるから高くなった」

厳密に何を言ったのかは最早覚えていなかったのだが、調べてみると出てくる出てくる。
都知事は「国の責任」と言い総理大臣は「前政権時代に決まった」と言いその前政権は「最後にゴーサイン出したのは現政権だ」と言い。当然のようにマスコミは連日それを騒ぎ立てる。
はっきり言って頭が悪すぎる。
私はオリンピック自体に関心が無いので詳しくは知らないが、それを決める委員会がある筈だろう。まずはその組織がさっさと動き出さなければならなかったことだ。その費用をゴリ押しするにせよ、見直して撤回するにせよ、さっさと音頭を取れば良かった。
例えば見直して、最初にその案を通したのは別の組織で自分たちが悪いのではないぞと言いたいのなら「お前らの間抜けな決定を覆すのだって時間が掛かるし人が集まらないといけないんだ。もっと深く吟味しろ、馬鹿者め」とでも言ってやればよろしい。

まあ、あの問題はそもそも物事の決定に際して携わる人間が、部署が煩雑すぎていたという図解を見てそれ以前の問題かと思ったことは事実である。尤も、その責任は誰に?と聞かれれば「さっさとそれを正さない委員会の長だ」と答えるが。煩雑だから責任が取れないなどと抜かすならば引き受けなければよい。

そしてメディアの取り上げ方もおかしかった。それはまあいつものことだが(特にテレビ業界は、メディアの中でも最も責任を取る能力に欠けているという印象を受ける。勝手に騒いでそれが間違いだと分かると猛烈に叩く。が、先走って誤報を流したことの謝罪など無い。呆れた組織である)、『オリンピック競技場、責任の押し付け合い』などと揶揄するくせに真に責任を取るべき組織へ切り込んでいかない。
これの何が問題かというと、世の中の手本となるべき公的な部分で、責任の所在がはっきりしていないまま物事が進んでいくことを容認していることにも繋がるということ。
責任をなすりつけあってる大人、を描くのに、それで終わり。

世の中そうなっていくよ?
と思ってしまうし、そういう世の中は好ましくないと思っているので勘弁願いたいのが本音。
別に、ドラマの格好良い上司のように「責任は全部俺が取る!」なんてことを言えと言っているのではなくて、取るべき場面での責任くらい堂々と取れ、という話だ。

これは責任の取れない人物が多い、という話ではない。責任を取る気のない人物が多いという話だ。
何のための組織の長か。美味しいところだけかっさらって悪いところは下に余所にと投げつけるためではない。
本人はそのつもりかもしれないが、周囲はそれを認めない。上に立つというのは、責任を背負うことと同義である。その気がないならば、そんな地位に付くべきではない。

ところで、政治家についてこういう話をしているとここでどうしても大きい問題にあたってしまう。

そんな愚か者を政治家が政治家になったのは、一体誰のせい?

よく考えて、行動したいものである。周囲から見てどうかではなく、自分が自分を鑑みて恥ずかしい思いをしないくらいには。

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